ハドソン夫人1 ~数千倍ステキに具現化される女性たち~
英国紳士を取り巻く人は、とても魅力的な方ばかりです。
ときに犯罪者であっても、魅了されることがある程に。
僕もそうなのですが、熱烈なホームズ支持者であればこそ、登場人物全てが素敵に思えてきます。しかしシャーロキアンというものはどうして、ベーカー街の老夫人にあれほどまでに魅かれてしまうのか。
実はフルネームの記述すらない重要人物・ハドソン夫人。
彼女の存在価値は正典ではそれほど印象深くないのですが、
ドラマ化やアニメ化するたびに必要人物であり、またそれぞれに個性的な夫人として描かれます。
下宿先の大家さんである彼女は、
お茶を入れてくれる存在で、食事を用意してくれる存在です。
ホームズを慕い、面倒を見てくれるばかりでなく、
事件においてアシスタントもやってくれます。
シャーロック・ホームズの日々 Sherlock Holmes: ベイカー街の三人
『空家の冒険』では15分おきにホームズの胸像を回転させ、敵にホームズが部屋にずっといるように見せています。
自分の影が映らないように窓辺に行き、しゃがみながら像を回す。なかなかめんどくさい作業です。
その他、何の説明もなく「馬車を呼んで!」とか「この手紙を渡してきて!」など、
もはや大家ではなく小間使いのような扱い。
怒ってもよいのでは?レベルです。
しかしこんなことで彼女は怒りません。
もっとひどい仕打ちをこの住人はしているのに、「出て行け」とも言いません。
下宿人ホームズがどれだけひどいかというのは、『瀕死の探偵』の冒頭でワトソンが説明しています。
ハドソン夫人がどんなに我慢強いのかを証明するための冒頭ですが、
どちらかというと
「同居人がどんだけ非常識なのか、皆さん聞いてくださいよ! そりゃもう私も夫人も堪えに堪えてるんですから!」という心の叫びにもとれる文章です。
朝早くから深夜まで、二階の住人を訪ねてくる連中にたたき起こされるし、
まあそんな時間に来るのだから大抵の場合非常識で好ましくない客ばかり。
部屋を貸してる人間そのものが、不摂生で不条理で、
在室しているのか出て行ったのかも謎。
部屋で怪しい科学実験をし、異臭や爆発を発生させ、
頭がさえるからと時間関係なしにバイオリンを弾きならし、掻き鳴らし、
ボヤ騒ぎかと思うほどの煙草を吸いまくる。
はては室内で射撃って、狂ってるとしか思えないじゃないですか。
実際薬物中毒だからねぇ。狂ってはいる。
グラナダ・ホームズでの夫人は、実は必要以上にかいがいしいのかもしれないですが、
僕は彼女が大好きです。原作にはないかわいらしさが出ています。
ロザリー・ウィリアムズ(Rosalie Williams)さんが演じたハドソン夫人。
この人が家主なら下宿したいかも。
余談ですが、彼女の若い頃の写真にやられっぱなし。
原典での存在感のなさにキャラを付けたのは他でもないジェレミー・ブレットだったということです。【ロザリーによるジェレミー追悼文より】
彼は原典を持ち歩き、いつでも読み返せるようにしていました。
「忠実に再現しよう」というグラナダ制作の意図に、一番忠実だったのがブレット。
時に忠実さよりもエンターテイメント性によってしまいがちの制作部の軌道を元に戻す役割もしていたとか。
彼が目指したホームズの世界にいる、自分の身の周りの世話をしてくれる大家さんがロザリーが演じたハドソン夫人です。
朝食や夜食、お茶を用意してくれる。
帰宅を心配してくれている。
部屋の片づけをしてあげているのに、すぐ汚される。
それでも崇拝して敬愛しているし、出て行けとも言わない。
とにかくひたすら食器のセンスがよろしくてらっしゃる(重要)。
「お客人がお帰りになりますよ」という探偵の言葉で、強気に依頼人を追い返す。
ホームズ先生の帰還には、
シャンペンでお祝い。こちらのグラスもセンスよろしい(重要)。
ワトソンへのクリスマスプレゼントを悩むホームズに、アドバイスをするハドソン夫人はマジでかわいいです。
この後、ホームズからのプレゼントを気に入ってはしゃぐワトソン博士もまたかわいいおっさんですが。
こんな素敵なマダムを作り上げることが出来るジェレミー・ブレットの脳内ってどんな思考なんだろう。英国紳士が思い描く大家さんすらが理想的過ぎて怖いのです。
ところで理想形とすると、もう少し若くして未亡人になった設定のアニメ版・犬ホームズのハドソン夫人が一番のお気に入り。
もはや違う漫画の未亡人、「管理人さん」のようにしか思えませんが、時に飛行機を操縦したり銃を撃ったりという豹変ぶりがツボ。犬に惚れるって…。
しかしここにきて、新たなるハドソン夫人の魅力にやられている僕もいます。
BBCシャーロックのあのお茶目で破天荒な夫人の可愛さときたら!
英国紳士を語るブログではあったはずですが、夫人の魅力を語る回もなかなかの文字量になってしまいました。
もっとぶっ飛んだハドソン夫人については、あらためて。